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準備しておきなさい

相変わらずチョット精神的な疲労が続いているので、久しぶりに筋力トレーニングを再開したのです。 久しぶりに負荷を与えられた為に体中の筋肉が悲鳴をあげているのですが、私以外にも泣き声を上げている人々は沢山いるようなのです。



Don’t Cry for Me, Ben Bernanke
私の為に泣かないで、ベン・バーナンキさん


ワシントンDC - FRB は自身の長期資産の月次購入を「先細らせる」だろうという5月のベン・バーナンキ連銀議長の発表以降、金融のボラティリティは世界中の泣き叫びを引き起こした:「どうかバーナンキさん、貴方の量的緩和政策を何時終わらせるのかを決定する時は、私達(非米国)の経済の状態を考慮して下さい。」

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それは起きようとしていない。 FRB は、主に米国の状況に基き、合衆国の為に金融政策を決定する事になる。 あらゆる経済関連政策立案者達はこれを理解し、準備するべきなのだ。

近年、FRB が他の国々の金融状況について更なる懸念を示したというのは真実である。 1998年の秋、部分的にはアジア及びロシアにおける新興国の危機を理由として、当時の FRB 議長であったアラン・グリーンスパンは金利を引き下げる事を支持したのだ。 これらの努力の為、所謂(いわゆる)「世界を救済する委員会」の一人としてタイム誌の表紙に彼の写真が掲載されたのである。

更に最近、-「スワップ・ライン」として知られる - 与信を、選ばれた幾つかの新興国と、最も重要な事に、欧州中央銀行へ拡大したのだ。 2007年から続いているユーロ圏の問題は、欧州の最大手銀行の一部がドルで大量に借り入れた事であり、信用状況が引き締められた時に、彼等の事業の資金調達を続ける為に必要なドルを簡単に得られなくなった事だったのである。 疑問の余地無く、FRB は欧州の銀行システムが存続する事を大いに助けたのだ。

しかし、これは海外の経済状況に基づいて設定する金融政策と同じでは無い。 法律によって、FRB は米国の失業率及びインフレを低く維持する事に責任を持つのだ。 明確にしておくと、関連する意思決定者達 - 連邦公開市場委員会(FOMC)のメンバー達 - は、これが正確に何を意味するのかという事を解釈する上で多少の自由度を持っている。 例えば、失業率について何が合理的な目標であるかという事についての彼等の見方は時間と共に変化するのであり、彼等は合理的なインフレの目標として今日(こんにち)設定している2%に常に集中した訳でもないのだ。

勿論、世界経済におけるドルの中心的な役割を FRB は完全に理解している。 この役割の起源は長い年月を遡るが、それは1944年のブレトン・ウッズ会議において、各国は彼等の準備金の一部をドルで保有する事を奨励されるべきであるという米国の政策の重要な信条だったのだ。 第二次世界大戦後の世界最大の債権者として、米国は自らの道を得たのである。 1970年代初期に固定相場制度のブレトン・ウッズ体制が崩壊した時、一部の者は国際的な基軸通貨としてのドルの重要性が終わろうとしていると考えた。

真実から懸け離れた物は何もないであろう。 1971年以前、その体制のアンカーとして - グリーン・バック(米ドル)は、必要とあれば、ゴールドに交換してもらえると各国の中央銀行は考えた為、彼等はドルを保有していた。 しかし、リチャード・ニクソン大統領が - 大きなプレッシャーの下で - ドルとゴールドの間の繋がりを破った後、為替レートは以前よりも遥かに大きく変動し始めたのだ。 自身の準備金を保管する安全な場所を探していた各中央銀行は、更に多くの米ドル(又は、ある種の財務省債務の形である、米国政府に対するドル建ての債券)の備蓄が最適解であると信じるに至った。 今日(こんにち)、準備金として自発的に保有されているドルの量は、1971年におけるそれよりも遥かに大きいのである。 個人投資家達も同じであり、米ドルが安全な避難先だと考えているのだ。

貿易及び国際金融取引におけるドルの優位性は強いままである;同時に、それらの取り引きの規模は世界経済と相対的に増加し続けているのだ。 円やユーロの事を考えれば良いが - ライバルとなる通貨はヘビー級の挑戦者の様に登場したものの、それぞれの国内の経済が更に複雑となるに従って元通りに落ち込んだだけである。 次の挑戦者は中国の人民元かもしれない;しかし、次の20年間における中国の経済及び金融の安定性に誰が大金を賭けたいと望むだろうか?。

最終的に、貴方は貴方のマネーを持って家に帰る事ができるというのがアメリカの約束なのだ。 又は、貴方は米国へ買物に出向く事ができる - 合法である限り、貴方が欲しい物を何でも買いなさいという事である。 実勢価格でマネーを商品に換える能力は如何なる基軸通貨にとっても基礎を為すものであり、それこそ国際通貨基金の特別引き出し権(Special Drawing Rights:SDR)の様な他のタイプのマネーがドルに代わりそうも無い理由なのである。

確かに、これは米国以外の世界が米国の金融政策に相応の影響を受ける事を意味する。 米国の政策がより緩和的である時、より低い金利は資本が何処へでも流れる事を促し、- 他の多くの国々の経済において与信を拡大する傾向がある。 そして米国が政策を引き締める時、より高い金利は一部の新興市場からの資本の流出を促すのだ。

この全ては、正に厳しい現実なのである。 備える為の最善の方法は、ブームの時に与信の利用を制限する事であり、個人及び企業が過剰に借りる事を防止する事であり、全ての銀行及び他の金融機関に対してより高い資本要件を設ける事なのである。

自身の量的緩和策の維持を決定する事で FRB は先週市場を驚かせた。 しかし、米国以外の経済を際立たせたのだ:何時 FRB が引き締めるのか判らない。 準備しておきなさい。



上の記事の末尾で「準備しておきなさい」と示唆されていますが、2008年の金融危機以来、かれこれ5年間も様々な人々が次なる危機に備えてきたと思うのです。

という訳で、約1ヶ月ぶりに Financial Survival Network に出演した Arch Crawford は、今回も面白い予測を語ってくれたのです。 曰く「11月後半、23日頃に巨大な太陽フレア(Kill Shot)が起きるかもしれない。」

A.Crawford の助言も「準備しておきなさい」という事です。


次回に続く...



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延引する疲弊

最近は、何と云うのか、ちょっと精神的に疲れる状況が続いているので、世の中の情勢の分析も少し停滞ぎみなのです。



Europe’s Japan?
欧州の日本?


ミラノ - 2008年の世界経済危機以降、イタリアの GDP は約8%減少し、百万人近い労働者が職を失い、そして実質賃金は増大する圧力に曝されるようになった。 今日(こんにち)イタリア南部で、正規雇用に就いている若者 - 特に女性 - が全額を期日どおりに支払ってもらっているというのは統計的に奇妙である。 そして更に、不安定な連立政権は、前回の選挙で有権者達に盤石な支配階級エリートを拒否させる事となった懸案に焦点を当てる事がなさそうである。 イタリアの最近の騒動の最も印象的な側面は、(未だ)起きていない事である:市民は改革を求めて通りに繰り出していないのだ。

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確かに、危機を通してイタリア社会は柄にも無く安定したままであった。 発生した僅かな大衆抗議運動の抑制された性質は、- ギリシャ、スペイン、ポルトガル、そしてアイルランドの様な - 欧州の窮地にある他の国々とは対照的であり、この数年アラブ世界を騒然とさせた様なものに言及していない。 2011年に英国が経験した様に、今年はスウェーデンでさえ暴動に直面したのである。

イタリア国内においてその様な大衆の怒りの爆発が存在しない事は、前の世代によって構築された貯蓄のクッションにより部分的に説明する事ができる。 しかし、1990年の自らの資産価格バブルの破裂の後の日本の様に、静かな衰退へと向かう、より深刻な社会的及び政治的な力 - イタリアを押しやる力 - があるのだ。

日本の経験 - 20年以上の経済的停滞によって特徴付けられる - は、高齢化する人口と共に危機に襲われた民主国家にとっての重要な教訓を提供するのである。 日本の「失われた10年」の間、歴代の日本政府は公的債務がうなぎ上りとなる事を許し、経済の根深い問題と対峙する事を拒み、硬化が進行する事を許しているのだ。

実際、有権者達は一貫して大胆な改革を求める事が無かった為、日本の指導者達にはそれを追求する動機が殆どなかったのである。 この休止は、少なくとも部分的には人口動態に根差していた。 日本の社会は、凡そ人口の40%が54歳を超えて年齢の中央値が45.8歳という、世界で最も老齢化したものの一つなのである。

高齢な市民の相当量の貯蓄は、彼等を経済的無関心な状態にしてしまうのである。 銀行が貸出を削減する時、マネーの速度は低下して消費者物価は下落し、年金受給者や固定金利投資家達の購買力を増加させるのだ。 そして、引退に近づいている者達は競争の無い経済の中で彼等の職を失う事がなかろうという事を知っている。 そして、高齢の人々は危機に襲われた国に暮らす事を好まない一方、機会に飢えた若者達が耐えがたいと感じている中で、彼等(高齢者)はそれに気付いておらず、彼等は経済のアニマル・スピリットよりも購買力の方へ更に焦点を当てるだけなのである。

少なくとも33%は55歳で、中央値が44.2歳という - イタリアは現在世界第3位の高齢化した人口を抱えている。 日本国内の様に、これらの高齢の市民は十分な貯蓄を有している。 例えば、ピエモンテ地域では、少なくとも€35万($46万1千)の貯金を持つのは平均して66歳なのである。 更に、僅か1千2百万人だけが正規雇用契約を得ている一方、イタリアの6千万人の国民の内の1860万人が毎月年金を受け取っているのだ(1100万人が受け取っているのは月当たり€1000未満だが)。

日本のそれと同様に、イタリアの不調はその世代格差の拡大と共に深まったのである。 単純に表すと、市民が商品やサービスの下落する価格から利益を得ている中で、生産者(及び潜在的な生産者)達はそうでないのだ。

この事を考えると、二つのグループは非常に異なる政策を提唱している。 例えば、小規模企業のオーナー達や企業家達が拡大し、革新し、そして更に競争力を持つ事を可能にし、それ故に雇用創出及び経済成長を強化する - 給与減税は社会保障給付の削減を必要とするのである。

実際、イタリアの税制は貯蓄者達に有利となる様に偏っている。 新たな事業を起こす為の初期費用の約50%を支払わねばならない起業家達が自らの資本をリスクに晒す一方、国債からの利益には12.5%の税が課されるのである。 同様に、4%というOECD 平均に比べイタリアの不動産税は政府歳入合計の約2%の量であり、- それを政府は更に削減する意向なのだ。 そして、非熟練労働者達は彼等の僅かな収入に対する23%の税を支払う一方、大家は賃貸料への15%の税を支払うのである。

しかし、家賃収入/年金受給者達及び生産者達が益々有利になる一方、前者は投票箱において優勢であり、- 人口動態の為だけではないのだ。 世論調査会社 EMG によると、18-34歳のイタリア人の60%が投票する傾向にあり、それに比べて55歳を超える人々の場合は72%なのである。 年金受給者達は最高の投票傾向(73%)を持つ;学生及び失業者は最も選挙へ出向く可能性が低いのだ。

自身への利益が政治家達によって提供される者達が、より投票する傾向にあるというのは驚く事で無い。 しかし、これは悪循環を創り出すのだ:若い人々及び労働者達が増々民主的なプロセスから疎遠となるのに従い、政治的指導者達は高齢者が好む政策を実施し続け、更に生産者達の意気を消沈させるのである。

日本における最近の進展は、希望を抱かせる。 中国の台頭に関して増大する懸念は、日本の有権者達に安部晋三首相及び彼の目覚ましい改革プログラムを支持させたのである。 「アベノミクス」の結果が未だ見られていない一方、日本の長引く経済の停滞を活性化させる任務は明白であった。

問題は、同様の行動を要求すべくイタリア人達を動機付ける為にはどのような種類のショックが求められるかという事である。 1999年にユーロを採用した事は明らかに十分でなかった、又は新興国との競争力を激化させてイタリア人が躊躇しながら彼等の国を衰退させる事となったのだ。 しかし、彼等の指導者達が時を待つ代わりに同国の経済問題へ注力するよう要求し始めない限り、イタリアは日本式の失われた10年 - 又は20年へ向かう不吉な運命を持つのかもしれない。



依然として為政者達の詭弁により浮揚し続ける経済/金融の状況に辟易しているのも事実なのですが、チョット精神的な疲れが溜まっているように感じるのです。


次回に続く...



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金融のレゾンデートル

(追記25日08:15)
「XX倍返し」という言葉を流行らせたTVドラマが多くの視聴者を惹き付けていたようです。

産経ニュース より
「半沢直樹」最終回、関東でミタ超えの42.2% 関西は45.5%

 TBS系で22日夜放送されたドラマ「半沢直樹」の平均世帯視聴率が、関東地区で42.2%、関西地区で45.5%だったことが24日、ビデオリサーチの調べで分かった。

 関西地区ではNHKの連続テレビ小説と大河ドラマを除く昭和55年以降のドラマで過去最高。関東地区でも歴代4位で、今世紀に入ってからは、平成23年秋に放送された日本テレビ系「家政婦のミタ」の最終回40.0%を抜いてトップとなった。

件のドラマについて批判するエコノミスト達も少なく無いようです(「半沢直樹」の不在)が、私はこの種のTVドラマを視聴しないので、内容について論ずる事もできません。

その一方、現実の金融の世界では「XX倍儲け」という具合に暴利を貪る人々が存在するのですが、その社会的な存在価値について考察する方々もいるのです。



The Best, Brightest, and Least Productive?
最善で、最も輝かしく、そして最低の生産性?


ニュー・ヘブン - 最も才能に恵まれた人々は金融業界での - 更に具体的には、トレーディング、投機、そして「非生産的な」と伝えられる活動でのキャリアを選択しているのだろうか?。

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米国では、2012年における従業員達への全ての報酬の7.4%が金融及び保険業界で働く人々へ支払われた。 その割合が高過ぎるか否かに拘わらず、経済的及び社会的に役立たずかもしれない活動を行っている最も高い教育を受けて熟練した人々の間で、その比率が尚更高いという事が現実的な問題である。

金融危機の直前には、ハーバード大学の卒業生の25%、エールでは24%、そしてプリンストンでは驚きの46%が彼等のキャリアを金融サービス業にて始めていたという事を、エリート大学での調査の中でキャサリン・ランペルが発見した。 それ以降、これらのパーセンテージはやや低下したものの、これは危機による一時的な影響でしかないかもしれない。

トーマス・フィリッポン及びアリエル・レシェフの調査によると、伝統的な金融を犠牲にして、金融活動の増加の多くが更に投機的な分野で行なわれたのである。 1950年から2006年まで、信用の仲介(伝統的な銀行業を含む貸し出し)は「他の金融」(証券、商品、ベンチャー・キャピタル、プライベート・エクィティ、ヘッジ・ファンド、そして投資銀行の様な他の投資活動を含む)に比べて低下したのだ。 更に、「他の金融」における賃金は、これらの信用の仲介業におけるそれに比べて急上昇したのである。

確かに我々は、トレーディングや投機に幾らかの人々を必要としている。 しかし、それらの人々が多過ぎるか否かという事を、どうやって我々は判るのだろう?。

一部の人々にとって、問題は道徳的なものなのである。 他人との取引というのは、もしもそれが間接的に社会的利益となる事であったとしてさえ、本質的には利己的な追求であると見做されるのである。 しかし、エコノミスト達が好んで指摘するように、トレーダー達及び投機家達は便利なサービスを提供するのだ。 彼等はビジネスに関する情報を整理して、(少なくとも一部の時間は)その本当の価値を判断しようと試みているのだ。 従って彼等は、社会のリソースを最善の用途へ配分する事を手助けしているのであり、- つまり、それは最も有望なビジネスなのである。

しかし、これらの人々の活動は、その他の我々にコストを課してもいるのだ。 実際、大規模な量の投機及び取り引きは純粋な利潤追求であるとパトリック・ボルトン、ターノ・サントス、そしてホセ・シャインクマン達の論文が主張している。 言い換えるならば、普通ならば無料であるものから利潤を集める事を可能にする以上の事を成していないのは無駄な活動なのである。

利潤追求の古典的な例は、自らの領地を流れる川を横切るように鎖を渡し、通貨する船から鎖を降ろす為の料金(又は、川の一区間の数分間の使用料)を徴収する者を雇った封建領主である。 その鎖又は徴収人は何の生産性も無いのだ。 領主は川について何も改善せず、彼自身(への報酬)を除き、直接的にも間接的にも、その様な方法で誰をも支援していないのである。 彼が行っているのは、嘗ては無料だった何かからマネーを作る方法を見つける事だけである。 もしも川沿いの多くの領主達が追随したならば、その利用は酷く縮小するかもしれない。

これらの「その他の金融」は、似た様な振る舞いを伴う事が少なく無いのである。 彼等はビジネス上の取り引きの上澄みをすくい取り、彼等の仲間で無い者達に対して「負の外部性」を創り出すのだ。 彼等が拒否する不良資産 - 例えば、2008年の金融危機に燃料を注いだサブプライム住宅ローン証券 - が何れにしても創り出され、知識の少ない投資家達に押し付けられるのであれば、もはや融資する者達は川に鎖を渡す領主以上に社会へ寄与しないのである。

これから発表される論文の中でパトリック・ボルトンはこの見方を拡大し、銀行員達及び「投資銀行」として分類される広範囲な活動を商業銀行に禁じるグラス・スティーガル法に目を向けている。 1999年のグラム・リーチ・ブライリー法がグラス・スティーガルを置き換えて以来、銀行員達は増々封建領主の様に行動したのである。 2010年のドッド・フランク法は、商業銀行による自己勘定取り引きへ制限を設けるボルカ―・ルールを課すことでグラス・スティーガルの禁止条項とある意味で似ているものの、更に多くを為す事が可能な措置を導入したのだ。

多くのオブザーバー達にとって、グラス・スティーガルは意味を成さなかった。 少なくとも銀行の活動が全体的な金融のインフラを危うくしない事を確実にする為の規制を我々が持っていたにも拘わらず、何故、銀行は彼等が望む如何なる事業にも携わる事が許されるべきでなかったのか?。

実際、オリジナルのグラス・スティーガル法の主な利点は、テクニカルというよりも社会学的なものであったかもしれず、ビジネスの文化及び環境を微妙な方法で変える事であった。 取り引きを生む事業を分離し続ける事で、銀行は彼等の伝統的な中核事業により集中する事となったかもしれないのである。

経済的な研究では、現在流行りの類の「その他の金融」における彼等の最善且つ最も輝かしいキャリア形成が社会に与える価値を未だに我々も測れないが、ボルトンと彼の同僚達は様々な面において正しいように思われる。 投機的な活動は多くのプラスも多くのマイナスも持っており、その多くは良いもので一部は悪いものであり、これらは定量化する事が非常に難しいのである。 我々は、そのような活動に影響を与える規制についてはとても慎重になる必要があるものの、一旦明らかとなったならば我々は規制を設ける事に恥じらうべきでないのだ。



上の記事を執筆したのは、米国の住宅価格を統計的に指数化した事で有名なエール大学のシラー教授なのですが、現代の過度な金融資本主義の本質的な歪みに焦点を当てた面白い考察だと思います。

現代の金融事業が社会的に無益な存在であるばかりか、その過剰な利潤追求姿勢が社会的にネガティブな影響を及ぼしている状況について本稿でも度々指摘していますが、確かにその存在意義を定量的に測る事は難しいと思うのです。

「マネー・ゲーム」という言葉が様々なメディアで用いられ始めた1980年代頃から金融資本主義による社会的な歪みが増大してきた様に感じるのですが、これらの金融関係者達のロビー活動によって法的な規制が骨抜きにされてしまったのは、その様な政治を許容してきた現代の(愚民に主権を与えている)民主主義制度の根本的な矛盾だと思うのです。 このように重要な社会的問題に焦点を当てられぬ大手馬鹿メディアの姿勢/知性も本質的な課題の一つではあると思うのですが、圧倒的多数の愚かな一般視聴者を相手にする事業を運営するという状況においては、大手馬鹿メディアの方々の愚かしさにも相応の理由を認められるのです。

「半沢直樹」を楽しんでいた方々の殆どは、上の記事で指摘されている様な問題に対して何の興味も持っていないでしょうから、大手馬鹿メディアも低俗な娯楽ドラマを作成した方が高い視聴率を得られるのです。

大手馬鹿メディアも、彼等が発信する愚かしい情報を楽しみにする愚かしい大衆が存在する限り、社会的には有意な存在と云えるのかもしれません。


次回に続く...


追記:
米国の7月の主要20都市圏の住宅価格指数がエコノミストの予想値を下回り、これまで継続していた反発(dead cat bounce?)が減速し始めているのではないかと懸念されています。 上の記事を執筆したシラー教授が CNBC のインタビューを受け、いつもの様に不明瞭な口調で現在の米国の住宅市場の動向についてコメントしています。

曰く:「住宅市場が減速し始めているかもしれない事について私は心配していません。 それよりも、一部の都市における住宅市場の活況がバブルの様相を呈している事について心配しているのです。」






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曼珠沙華の赤

案の定、久しぶりの庭仕事によって少し筋肉の痛みを感じているのです。

彼岸の連休を迎えている日本でも、少しずつ痛みを感じ始めている人々がいるはずなのです。


 
"Trade Is Supposed To Save Japan, According To The Gospel Of Abenomics, But In Reality...”
アベノミクスの福音書によると貿易が日本を救う事になっているが、現実は...


貿易は、重要であるとしてアベノミクスが指定した側面の一つである。 そこで日本銀行は、円を切り下げて輸出の競争力を高めるべく過激なマネー印刷プログラムに着手したのだ。 通貨戦争の原理なのだ。 それは又、輸入品を非常に高価なものとする事で買い手達に国内の代替品を求めさせるものである。 その結果としての貿易黒字が日本を救う事になるのだ。 理論的には。 現実的には、その逆の事が起きているのである。

8月に輸出は前年比で14.7%跳ね上がったと、財務省が報告した。 しかし、その他は酷かったのだ。 輸出は円で評価されており、円は1年前に比べて価値を20%失ったのである。 そして、殆どのカテゴリにおいて輸出量は実際に減少したのである。 しかし輸入は、(既に)高い状態から16%急増したのであり、貿易赤字は¥9630億($96億)へと25%急上昇したのである。 アナリスト達は衝撃を受けたのだ。

それは史上最悪の8月の貿易赤字であった。 それは、連続14ヶ月目の貿易赤字であり、1979年‐1980年に並ぶ最長の期間だったのだ。 それは2012年の貿易赤字よりも27%多かったのである。 比較すると、2010年の8月に¥638億の黒字を:2009年の8月に¥1650億の黒字を:2007年の8月には¥7846億の黒字を日本は保持していたのだ!。

8ヶ月間に貿易赤字は記録となる¥6.8兆となり、2012年の同じ期間から66%の上昇で、2011年からは332%の上昇となるのだ。 2010年のその期間に、日本は¥4.2兆の黒字を保有していたのである!。

日本の貿易の完敗は、急激な下り坂である。 8月は史上最悪の8月だったのであり、7月は史上最悪の7月だったのであり、6月は史上最悪の6月だったのであり... 地平線上には識別できる変化点が無いのである。

2012年の同じ月から如何に2013年の各月の貿易赤字が悪化しているかという事を:そして、2011年の同じ月から如何にこれらの月が悪化したかという事をチャートが示している。 容赦無く残忍である。

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島嶼(とうしょ)の問題、そして歴史的な縺(もつ)れに関して躓(つまづ)き、日本と中国は剣を交えてガタガタしてきた。 しかし中国は日本の最大の貿易相手国なのだ:8月に、日本の輸出の25%は中国向けであり、輸入の21%は中国からのものである。 中国への輸出の大きな部分は香港を経由しており、我々は中国と香港を一つのものとして見なければならないのだ。 両者を合わせた輸出は¥1.45兆と16.8%上昇し、併せた輸入は¥1.43兆と17.7%上昇した為、¥118億($1億1千8百万)と僅かな黒字になった。 例えば、2007年8月に¥2260億という - 嘗て日本が中国に対して黒字を維持する僅かな国々の一つであった過去からは失望させられる状態なのである。

ポジティブな面では、欧州への輸出が昨年の最悪の債務危機水準から回復し、貿易赤字を¥977億へ削減したのである。 そして2番目に大きい貿易相手である米国に対する日本の長年続いた黒字は¥4950億へと29.3%急上昇したのだ。

日本の貿易の壊滅的敗走は一時的なものとして無視されてきた。 もしも日本が全てのガタついている原子力発電所 - それらが活断層の真上にあろうが無かろうが、そしてそれらが安全に関する昔のスキャンダルを含んでいようがいまいが - を稼働させる事ができないのであれば、原子炉が残した不足分を穴埋めすべく石化燃料の発電所に供給する為、同国は破壊された円で高値の LNG 及び石油を購入しなければならないのである。 そして、同国の貿易赤字が一気に悪化するであろう。

LNG(現在の発電量の42%)及び石油(現在の発電量の18%)が要因である。 輸入量の増加では無く、価格の上昇及び円の減価により - LNG の輸入は7.2%上昇し、石油は27.2%である!。

そして全てのカテゴリの輸入が急増した。

中でも:工業製品(鉄や鉄鋼製品のような)は16.2%、機会は21.7%;そのサブカテゴリの「コンピュータ」は18.5%である。 3番目に大きなカテゴリである電気機械は21.9%急上昇し、その最大のサブカテゴリの「半導体」は44.1%である。 輸送危機は22.7%上昇した。 2番目に大きな「その他」は12.4%上昇し、そのサブカテゴリの「科学機器」は12.4%、衣料品は21.4%、そして家具は20.4%である。

陰鬱な輸入の構図。 それは、米国に後れを取っているものの、これから何年も続く事になる日本の体系的な非工業化を詳述しているのだ。 ここ数年、特に2011年の地震以降、そのプロセスは勢いを増している。 日本株式会社は賃金の低い中国や他の国々へ、それらは上昇してきているものの、生産を海外移転しているのだ。 しかし、企業は他の動機を持っている:地球上で最大の市場の顧客達のより近くにいる事である。

切り下げられた円も、それを変える事はない。 しかし皮肉な事に、それは日本株式会社へ、海外で売られる製品を海外で生産するように動機を与えるのだ。 最近の決算報告が示した様に - 最終損益の栄誉ある衝撃と共に、売上及び利益は更に弱い円へ変換されるのだ。 しかし、これらの報告書の上の利益は円建ての財務諸表上に存在するのである。 実際の利益の殆どは海外で再投資され、決して日本へ戻る事がないのだ。 これは、アベノミクスが優れている事の一種である。

銀行危機に関して一つ又は二つの事を知っている日本の銀行は、海外の貸し手達の間で頂点へ向かう彼等の道に再び爪を掛けたのだ。 彼等の才覚を用い申し分の無いタイミングで、正に金融の混乱が沸騰しようとしている様に - 彼等は新興市場における最大の力になったのである。 これを読んで欲しい...日本のゾンビ銀行の復讐



安倍首相も福島原発5号機/6号機の廃炉を要請したとの事ですが、これは原発事故直後に法的根拠も無く浜岡原発の停止を要請した管直人元首相と同質の愚行(「ツケは誰が払うの?」)だと思うのです。

大手馬鹿メディアの皆さんも、いい加減に反原発という国民の感情論を煽るような報道姿勢を改めて上の記事でも指摘されているような現実的課題に焦点を当て、我が国のエネルギー政策を合理的に論じて欲しいものです。

さもなくば、小手先の法人税の削減などで日本の製造業の海外移転を制止する事などできないのですよ。

次回に続く...



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私的風景(彼岸の庭)

(追記10月7日14:30)
春先に本宅へ戻った頃は長年放置していた不用品の整理や植木の手入れ等に忙殺され、芝を張る時期を逸してしまったのです。(ホームセンターで販売されていた芝の苗は腐りかけていたのです。)

そこで、以前に米国で購入してガレージに保管していた芝の種を使おうと考えたのです。 寒さに強い西洋芝の特性を活かして秋に播種(はしゅ)しようと、この半年間は庭に敷き並べた人工芝を愛でていたのです。

台風18号が過ぎ去り、最近は暑さも和らいできたので、いよいよ種を播く時が来たのです。




とは云いつつも、私はガーデニング/園芸という類の作業に不慣れなので、西洋芝の播種について調べねばならないのです。(だいぶ以前に妻へ種を植え付けた経験はあるものの、全く勝手が違う作業なのです。)

ネット上に掲載されている情報によると、先ず床土(とこつち)を整備すべしと示唆されているのですが、「レーキで土を均(なら)し...」という具合に、園芸関連の用語が並んでいるので中々要領を得ないのです。 「レーキ」...「冷気?、励起?、霊気?」

まぁ、要するに余分な石等を除去して適度に土を耕し、なるべく平らに整地すれば良いのだろうと、野球のグランド等で使用する「トンボ」を自作して床土を整えたのです。

【芝の種を播く】なるべく均一に
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うーん、こんなものでしょう。

【目土(めつち)をかぶせる】(芝の種が隠れるように)
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種は隠れている(ように見える。 私の目には)

【散水する】(たっぷりと)
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あらら、十分に目土で隠れていなかった種が顕わに...



という訳で、目土を買い足すべくホームセンターへ出向くのです。


関連情報:

私的風景(彼岸の窓)
私的風景(晩冬)
私的風景(初秋)
私的風景(初夏)


次回に続く...


追記:


【種蒔きから2週間後の芝】
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播種後1週間経過した頃に「男子中学生のヒゲ」程度の芽が出てきたのですが、現在では「男子高校生のヒゲ」程度にまで育ったのです。 種を播いた彼岸の頃には「隣の芝が良く見えた」のですが、秋の気配が漂い始めると共にお隣の「高麗芝」は枯れ色を見せ始めてきたのです。

これから更に気温が低下すれば、寒さに強い西洋芝の青さが一層に際立つはずなのです(エッヘッヘ)。 ましてや、これから地球が寒冷化に向かおうとしているかもしれない事に、お隣さんは未だ気付いていないと思うのです(フッフッフ)。


【芝の接写画像】
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「男子高校生のヒゲ」では寂しいので、本日は余っている種を用いて「追い蒔き」を行ったのです。 当然、追い蒔きした種も追加の目土で覆ったのです。



追加の目土を購入すべくホームセンターへ出向いたのですが、春先に「時期を逸してしまった」芝の束が改めて販売されていたのです(値段は290円/10枚程)。 これまでに290円/袋(14リットル)の目土を7袋も購入したのですが、既に芝の束を購入するよりも高くついてしまったような気がします。

しかし、現在のサイクル24を境に太陽の活動が低下するかもしれず、寒さに強い西洋芝の選択が正しかった事が証明されるかもないと、自らを納得させるのです。




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