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英霊達の嘆き

時節柄、先の戦争に関わる話柄が尽きないようです。

Yomiuru Online より
首相、靖国「参拝なら例大祭だ」…15日見送り
 安倍首相は終戦記念日の15日に靖国神社への参拝を見送り、自民党総裁として私費で玉串料を奉納する意向を固めた。

 首相周辺が14日、明らかにした。

 参拝に反対している中国、韓国に配慮する一方、戦没者への尊崇の念を示す狙いがあるとみられる。首相は周辺に対し、「参拝するなら例大祭だ」と述べ、春と秋の例大祭を重視する考えを示している。今年4月の春の例大祭では、神前に供える「真榊料」を奉納した。


自らの過ちに対して謙虚である事は美徳とすべきでしょうが、過度に自虐的な態度を示すのは愚かしい事だと思うのです。 国家間の懸案とされる問題について様々な視点を持つ方々が存在しますが、国を統べる人々は客観的な事実のみを明確にし、自国も含めた関係各国の人々に正しい知識を備えさせる努力と工夫が必要なのです。



The Shadow from Yasukuni
靖国からの影


オックスフォード - 毎年この時期になると常に、日本の首相又は著名な政治家達が靖国神社を訪ねるか否かという事に関する憶測がアジアで高まる。 アジアにおいて悲惨な結果を招いた日本の戦争に加わった戦犯として起訴された千人以上を祀(まつ)るその神社は、アジアにおける日本の戦争は西欧の帝国主義に対する解放の戦いであったとの主張に固執する日本の右翼を魅了する場所であり続けている。


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この主張は、特に日本帝国の侵略と広範なアジアの占領によって恐ろしく苦しめられた中国及び韓国において、不誠実な響きを持つのだ。 未だに、靖国への参拝に対する公式な中国の抗議の中には常に耳障りな要素が含まれていたのである。 その様な参拝は、中国の人々の感情に対する配慮を欠くものとして非難されているのだ。 しかし、日本の保守派が当然の事として彼等の国の過去の植民地主義による惨事を認める事を拒否するのと同様に、中国も又、彼等独自の戦争の歴史に関する議論を自国内で展開するのだ。

毛沢東支配下で何十年もの間、中国の戦時中の経験として唯一認められたのは、世界で最も大掛かりな社会革命を準備する中で自らの軍隊を磨き上げ、中国共産党(CCP)が日本への抵抗を陣頭指揮したという事である。 その一方、蒋介石の下での中国の国民党政府は無能と汚職によって弱体化し、日本に対して殆ど何もしなかったのである。

更に、近年、中国自身の調査が抗日戦争の甚大な規模及び対価を示したのである。 1千4百万人、若しくはそれ以上の中国人が1937年から1945年に殺され、8千万-1億人が難民となったのだ。 そして侵略は、中国の道路、鉄道、そして工場を破壊したのだ。

しかし、その期間に他の重大な変化も起き始めたのである。 中国の戦時中の国民党の首都であった重慶に投下された爆弾として、国家と市民との間の社会契約がより重要になったのだ。 より高い税や徴兵を含め、国家は国民から更に多くを求めたのだ;しかし人々も又、十分な食料の供給、衛生そして医療を含め、国家からより多くを求め始めたのである。 何故戦争が中国を根底から変えてしまったのかという事を理解する為に、歴史家達は、1937-1945年の期間を避ける事の出来なかった共産主義者達の勝利という単純な話として扱う事から脱却せねばならなかった。

そのようにして過去20年間、中国は改めて独自の戦争史を記憶し始めたのである。 それは、台湾との統一の推進を熱望していた中国政府を助けたのであるが、本土において国民党政府の更に有利な印象が出現した事を意味するのである。 実際、最近の数年間、人民共和国の中での国民党の評判は僅か四半世紀前には想像できなかった様々な形で回復してきたのだ。

国民党は、1937年から1945年の間の作戦的戦闘の殆どを行い、彼等の軍隊が長沙や武漢の様な都市に作った施設は現在、博物館や彫像と共に後世に伝えられているのだ。 重慶では、黄山にある蒋介石の旧別邸の様な建造物が復元され、かつての指導者自身が日本への抵抗における彼の貢献に対して称賛されているのだ。 中国の有名なTVキャスターの一人である崔永元(Cui Yongyuan)は、共産主義者である退役軍人のドキュメンタリーというプロジェクトを始めたのであるが、日本と闘いながらも1949年の毛の勝利の後にその功績が歴史から掻き消されてしまった国民党の退役軍人と彼(共産主義退役軍人)の頻繁な出会いにより、(番組の主題における)関心が逸らされてしまうだけだったのだ。

勿論、戦時中の中国共産党の役割は非常に重要なものであった。 しかし、彼等は単独で行動しなかったのである。 そして - 汚職、インフレ、軍事的弱さという - 国民党政府の欠陥の一部は、1937年から日本が真珠湾を攻撃した1941年12月までの間、基本的に彼等だけで遂行した日本との長い闘いの産物である事を歴史家達が認める事となったのである。

私は新たな公開性の受益者であった。 以前には制限されていた、又は非公開とされていた書庫が、以前にはタブーとされていた挿話を語る為に資料を集める事を中国人及び外国人の何れの研究者に対しても許可したのである。 その結果として、現地の日本の協力者達と同様に、日本に抵抗した国民党支持者と共産党支持者の物語を組み合わせた中国の戦時中の経験の総合的な考察を、英語では初めて、私は提供する事ができたのである。

しかし、如何に中国が自身の戦争の歴史を自国民に伝えているかという事について多くの相違があるのだ。 学校の教科書は、依然として共産主義者の役割が最も顕著で国民党の役割がより拙劣なものであるとし、単純化されたままなのである。 中国軍が日本兵を薙ぎ倒すビデオ・ゲームは非常に人気があり、巨大な多数参加型オンライン・ゲームという中国内のサブ・カルチャーのかなりのシェアを占めているのである。

一般的に日本との戦争は、中国の正当な台頭を挫いた歴史という意味合いに油を注ぐ為に用いられるのである。 勿論、侵略の歴史を歪曲しようという日本の右翼の試みは、それ自体が日本国内の多くの者達によって非難されるべきものである。 しかし、中国の指導者達及び大衆文化は、新たなナショナリズムを構築する為の道具として改訂された戦争の理解を使用すべきでは無いのだ。

大衆文化の中での適切な歴史の活用は、過去の複雑さに対する思慮深く且つ懐疑的な態度を育むものである。 これを達成する事により、中国は靖国神社への参拝を検討している日本の如何なる指導者達に対しても、本当にきまりの悪い思いを抱かせる事ができるのかもしれない。



上の文章を執筆したのは、オックスフォード大学で中国の近代史/政治を研究している教授なので、中国当局による偏向した宣伝というものを十分に理解しているのです。 一方、中国以外の国々の視点については、前提となる基礎的な知識を十分に備えていないのかもしれません。

日本の行為を「植民地支配と侵略」と表現した村山談話においても、社会主義者の弊として過度に自虐的な歴史観が示された嫌いがあるように思うのです。 「もしも」という前提で歴史を論じる事はできないものの、日本がアジア太平洋地域での軍事行動を起こしていなかったら、歴史はどのように変遷したかと考察するのは決して無意味な事でもないように思われます。 大恐慌の後で世界中の経済の混乱が継続する中、欧米列強は自国の経済を立て直すべく、それぞれの帝国主義的な植民地支配を強化し、アジア各国からの搾取を強めたかもしれません(恐らく、その様になったでしょう)。 もしも日本軍が中国/朝鮮他の国々に鉄道や道路等を建設していなかったら、その後のアジアの国々の経済的発展の基盤は極めて貧弱な状態であり続けたのかもしれません(恐らく、その様になったでしょう)。

「従軍慰安婦」について語った河野談話も然りで、過度に他国の国民感情に配慮する余り、歴史的事実を歪曲するかのような自虐的表現が用いられています。 そもそも、関係国内の国民感情の悪化が歴史的事実に対する誤った理解に根差すものであるならば、その誤りを正すべく客観的事実を堂々と説明すべきだと思うのです。

しかし悲しい事に、我が国の為政者の皆さんは、自ら思うところを国際社会へ広く知らしめるという事が不得手なのですよ。


次回に続く...



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